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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)8437号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、六〇六〇万七二六二円及びこれに対する昭和六二年三月二五日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

理由

第一  請求

被告は、原告に対し、一億九九四六万一〇〇〇円及びこれに対する昭和六二年三月二五日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  原告の主張

1  (被侵害利益)

(一) 原告は、飼料等の製造販売等を業とする会社であるが、昭和五三年三月二三日、農業組合法人信越企業養豚組合(以下「信越企業養豚組合」という。)との間で、株式会社タケクマ(以下「タケクマ」という。)が原告に対して現に負担し及び将来負担する商品代金、手形金、損害金、借受金その他商取引上もしくはこれに関連して生ずる一切の債務を担保するため、左記保管場所(申川第一農業及び申川第二農業)(以下「本件保管場所」ともいう。)内に現に存在し及び将来存在する信越企業養豚組合所有の豚並びに信越企業養豚組合所有の機械器具、什器備品等豚飼育施設の一切について、集合物譲渡担保権設定契約を結んだ(以下、これを「本件集合物譲渡担保権設定契約」といい、原告の集合物譲渡担保権を「本件集合物譲渡担保権」という。)。

保管場所

左記土地内及びその周辺に存する信越企業養豚組合所有または使用の農場

秋田県南秋田郡《中略》二四番三

同所 二四番四

同所 二四番五

同所 二四番六

同所 二四番九

同所 二四番一一

同所 一六八番

同所 一六九番

(二) 原告は、後記2の被告の侵害行為の期間(昭和六〇年五月一三日から昭和六二年三月二五日まで)、タケクマに対して被担保債権を有しており、その額は、タケクマが破産宣告を受けた昭和六二年一二月一〇日当時、元本のみで一一億二七六四万〇五四七円であつた。

2  (被告の侵害行為)

(一) 被告は、飼料等の販売等を業とする会社であるが、信越企業養豚組合との間で、昭和六〇年四月二四日、本件保管場所を含む信越企業養豚組合の全農場(養豚場)の豚全部について売買契約を結び、これらを信越企業養豚組合から買い受けた。

被告が買い受けた豚のうち、同年五月一三日現在本件保管場所にいた豚の頭数は六一八九頭(種豚七七五頭、肉豚五四一四頭)であつた(以下、これらを「本件豚」といい、そのうちの種豚を「本件種豚」と、同肉豚を「本件肉豚」という。)。

しかし、被告は、少なくとも本件保管場所における本件豚については信越企業養豚組合から現実の引渡しを受けておらず、いわゆる占有改定の方法により引渡しを受けたものであるから、被告に善意取得は成立せず、被告は本件豚の所有権を取得することができなかつた。

(二) しかるに、被告は、本件豚の所有権を取得したとして、右昭和六〇年五月一三日から昭和六二年三月二五日までの間、信越企業養豚組合及びその業務を引き継いだ株式会社ナカショク(以下「ナカショク」という。)をして本件豚を飼育管理させ、その間、本件豚のうち、本件種豚についてはそのほとんどを淘汰毀滅させ、本件肉豚についてはその全部を被告名義で売却出荷させて第三者に善意取得させ、また、本件種豚から生まれた肉豚(以下「本件出生肉豚」という。)についてはそのほとんど被告名義で売却出荷させて第三者に善意取得させ、もつて、これらの豚に対する原告の本件集合物譲渡担保権を消滅させるに至らしめた。

なお、本件肉豚のうち、被告が右昭和六〇年五月一三日から同月一六日までの間に売却出荷させた六か月令の肉豚は、四〇頭であつた。

(三) 更に、被告は、右昭和六二年三月二五日、本件種豚のうちの淘汰毀滅されないで残つていた種豚と、本件出生肉豚のうちの売却出荷されないで残つていた肉豚を、その所有者として、ナカショクに包括的に被告名義で売却してこれらの豚をナカショクに善意取得させ、もつて、これらの豚に対する原告の本件集合物譲渡担保権を消滅させるに至らしめた。

(四) 結局、原告は、被告の右行為によつて本件豚に対する本件集合物譲渡担保権を消滅させられ、昭和六二年三月二五日には原告の本件集合物譲渡担保権に服する豚は全くいなくなつたのである。

3  (被告の故意・過失)

(一) 被告は、以下のような事情から、昭和六〇年五月一三日当時、本件豚が原告の本件集合物譲渡担保権の対象となつていることすなわち原告が本件豚について担保のための所有権を取得していることを知つていた。もし知らなかつたとすれば、知らないことに過失があつた。

<1>被告の九五パーセント株主である全国農業協同組合連合会(以下「全農」という。)は、昭和五八年七月から、その職員柏木年正をタケクマに出向させ、常務取締役兼財務部長に就任させて、タケクマの経営を管理させていた。

<2>被告が同年一〇月二〇日に信越企業養豚組合との間で同組合の一七農場に現に存在し及び将来存在する豚について集合物譲渡担保権設定契約を結んだ際、タケクマの代表取締役である武隅保之は、右柏木年正に対して、信越企業養豚組合の豚は既に他社の譲渡担保に入つている旨を説明している。

<3>原告の葉山貞夫取締役は、昭和六〇年三月二七日ころ、全農の飼料部長青木喜久弥、同飼料部次長志岐正晴らに対し、本件保管場所の豚については既に原告の譲渡担保権が設定されている旨告げている。

<4>同年四月一六日ころ、右柏木年正と当時信越企業養豚組合の理事であつた本間春夫とが原告を訪れた際、右本間春夫は、原告の社員松島祐之に対して、「豚部門の売却は、全農側は簡単に考えていたが、担保見解が複雑で、簡単に売却できる状態でないことが判明した。」旨述べている。

<5>同年五月一六日、原告の小沢進取締役が被告に対し被告が本件豚を信越企業養豚組合から買い受けたことにつき抗議をした際、前記志岐正晴は、「暗黙の了解をお願いしたい。」と述べた。

<6>一般に、ある飼料メーカーがある農場に比較的大規模かつ継続的に飼料を納入している場合、その飼料メーカーがその農場の豚等に譲渡担保権を設定している場合が多く、これは原被告が属する飼料業界の常識である。

(二) 仮に然らずとするも、遅くとも、被告は、右昭和六〇年五月一六日に、本件豚が原告の本件集合物譲渡担保権の目的物となつていることを知つた。

4  (損害)

(一) 原告は、本件集合物譲渡担保権を実行して本件保管場所に存在する豚の所有権を確定的に取得した場合、その豚を、多少無理をしてでも原告の子会社である株式会社秋田ファームの養豚農場二か所に移動して飼育するつもりであつた。

したがつて、原告が本件豚に対する集合物譲渡担保権を失つたことによる損害は、本件豚の取引価格であり、その時点における屠場出荷価格ではない。

(二) 本件豚の昭和六〇年五月一三日現在の頭数及びその取引価格は、左記のとおりであり、原告は、一億九九四六万一〇〇〇円の損害を被つた。

種 豚 七七五頭 五九三三万〇〇〇〇円相当

肉 豚 五四一四頭 一億四〇一三万一〇〇〇円相当

合計 六一八九頭 一億九九四六万一〇〇〇円相当

(三) 仮に、被告の不法行為の成立するのが昭和六〇年五月一六日からであるとすれば、原告は、前記のとおり被告が同日までに六か月令の肉豚四〇頭を出荷させているので、その数に六か月令の肉豚の相当な単価四万二五〇〇円を乗じた額一七〇万円を控除した一億九七七六万一〇〇〇円相当の損害を受けた。

二  被告の主張

1  原告の主張1について

(一) (一)について

否認する。原告が債務者をタケクマとして信越企業養豚組合との間で本件集合物譲渡担保権設定契約を結んだことはない。原告が信越企業養豚組合との間で結んだのは、債務者を信越企業養豚組合自身とする集合物譲渡担保権設定契約であつた。そして、原告は、これまで信越企業養豚組合に対して債権を有していたことは一度もないから、本件集合物譲渡担保権は被担保債権の不存在により消滅していた。

(二) (二)について

不知

2  原告の主張2について

(三) (三)について

認める。

(二) (二)について

(1) 昭和六〇年五月一三日から昭和六二年三月二五日までの間に、本件豚のうち、本件種豚の約八割が淘汰毀滅され、また、本件肉豚が商品として被告名義で第三者に売却出荷され、本件出生肉豚の多くが商品として被告名義で第三者に売却出荷されたことは認めるが、被告がそれらの行為を信越企業養豚組合及びナカショクをしてなさしめたとの点は否認する。右淘汰毀滅及び売却出荷の行為は、本件集合物譲渡担保権の設定者である信越企業養豚組合がその自主的な判断に基づいて行つたものである(昭和六一年四月三〇日までは信越企業養豚組合自らが行い、同年五月一日以降はナカショクに委託して)。

(2) 仮に、被告が右淘汰毀滅及び売却出荷の行為をなさしめたものであるとしても、右淘汰毀滅及び売却出荷に代わるものとして、新しい種豚が順次補充されており、また、これから新しい肉豚が順次誕生していて、これらは原告の本件集合物譲渡担保権に服し(仮に原告が、本件集合物譲渡担保権を有していたとしても)、本件保管場所内の豚の頭数が大きく変動するということはなく、そして、右のような淘汰毀滅及び売却出荷の行為は有機的一体をなす養豚事業の豚の管理運営方法として通常行われる適切なものであるから、なんら不法行為を構成しない。

(三) (三)について

被告が自己の名義でナカショクに本件種豚のうちの淘汰毀滅されなかつた残りの種豚と本件出生肉豚のうちの未だ売却出荷されていない肉豚を包括的に売却譲渡したことは認めるが、ナカショクに善意取得が成立したことは否認する。ナカショクの代表取締役本間春夫は信越企業養豚組合の理事でもあつたものであり、ナカショクは、右の売却譲渡を受ける際に右の豚が原告の本件集合物譲渡担保権の対象となつていることを知つていたのであるから、ナカショクに善意取得は成立しない。

3  原告の主張3について

否認する。被告は、昭和六〇年五月一三日当時、本件豚が原告の本件集合物譲渡担保権の対象となつていることを知らなかつた。また、知り得る可能性もなかつた。被告がこれを知つたのは同年五月一六日である。

4  原告の主張4について

(一) (一)について

原告が本件集合物譲渡担保権を実行した場合、本件保管場所にいる極めて多数の本件豚をそのままの状態で他の場所に移動することは不可能であつた。したがつて、原告は、日数をかけて本件豚を屠場に出荷する以外に換金方法はなかつた。その場合には、多額の経費を要することは明らかである。

(二) (二)について

本件種豚及び本件肉豚の頭数が原告主張のとおりであることは認めるが、取引価格は否認する。

屠場出荷の場合の原告の手元に残る金額は、昭和六〇年五月一三日現在の本件豚について約四一八〇万円、昭和六一年五月一日現在の豚について約二六一〇万円、昭和六二年三月二五日現在の豚について約二四七〇万円と計算される。

(三) なお、丸紅飼料株式会社は、原告の本件集合物譲渡担保権に優先して本件保管場所内の本件種豚について集合物譲渡担保権を有していたから、原告の損害額を算定するにあたつては、本件種豚を除外し、本件肉豚についてのみ考えるべきである。

第三  当裁判所の判断

一  事実経過等

《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

1  「タケクマ」について

(一) 訴外株式会社タケクマ(タケクマ)は、代表取締役武隅保之によつて昭和五〇年三月に、鶏、豚、飼料等の購入販売等と目的として設立された株式会社であり、その本店を富山県黒部市に置き、関係法人として、その傘下に、農業協同組合法に基づいて設立された養鶏事業を営む農事組合法人下越養鶏組合(主たる事務所富山県黒部市)、同立野原養鶏組合(主たる事務所富山県黒部市)、同筆甫養鶏組合(主たる事務所宮城県伊具郡丸森町)等と、養豚事業を営む農事組合法人信越企業養豚組合(信越企業養豚組合)と、肉豚の加工等を営む中条食肉株式会社等があり、これらは、タケクマを頂点としていわゆる「タケクマグループ」を形成していた。(《証拠略》)

(二) タケクマグループの取引形態は、タケクマが飼料メーカー等から飼料、家畜用薬品、梱包用資材等を購入し、これを各農事組合法人に売り渡し、他方、各農事組合法人は、生産した鶏卵、肉豚等をタケクマに売り渡し、タケクマがこれを各県の経済連や卸売市場等へ出荷するというものであつた。また、タケクマは、傘下の各農事組合法人の資金繰りをも行なつていた。(《証拠略》)

(三) 信越企業養豚組合は、昭和四六年三月に主たる事務所を富山県黒部市に置き養豚事業を目的として設立された農事組合法人であり、養豚場として、一八農場(秋田県の申川第一、申川第二、八竜、大口、松本、山形県の鶴岡、庄内、新潟県の柿崎第一、柿崎第二、栃尾、長峰、乙第一、乙第二、関川、富山県の立山、石川県の富来第一、富来第二、富来第三)を有し、昭和六〇年三月末において、合計約五万五〇〇〇円の豚を飼育していた。(《証拠略》)

右養豚事業は、通常、農場(養豚場)で雌雄の種豚と肉豚を飼育して行われるものであり、肉豚は出荷適令(生後約六か月)になれば肉豚(商品)として売却出荷し、雌種豚から生まれた子豚は肉豚として飼育し、雌雄種豚については廃用時期(生後約三年)がくれば淘汰毀滅し、これに代わつて新しい種豚を補充し、この新しい種豚にまた子豚を産ませるというものである。種豚と肉豚の頭数比率はおよそ一対九、雄の種豚と雌の種豚の比率はおよそ一対一〇であつた。(《証拠略》)

(四) ところで、タケクマは、卵価の低迷と豚価の下落等から経営破綻に陥り、昭和六〇年六月一一日、富山地方裁判所に会社更生手続開始の申立てを行ない、同年一〇月八日、会社更生手続開始決定を受けて更生会社となり、更生管財人のもとで更生を図つていたが、昭和六二年一一月一八日、更生の見込みがないものとして更生手続廃止決定を受け、破産手続に移行し、同年一二月一〇日、破産宣言を受けた。(《証拠略》)

(五) タケクマの大口債権者は、いわゆる商系飼料メーカーと呼ばれる原告日本配合飼料株式会社、日本農産工業株式会社(以下「農産工」という。)、丸紅飼料株式会社(以下「丸紅飼料」という。)と、いわゆる全農(全国農業協同組合連合会)系といわれる被告株式会社組合貿易とであり、昭和六〇年三月末において、原告は約一〇億円の、被告は約三九億円の債権をタケクマに有していた。(《証拠略》)

(六) 信越企業養豚組合は、昭和六〇年四月三〇日の決算において、約一一億二八〇〇万円の累積赤字を計上した。(《証拠略》)

2  ところで、丸紅飼料は、昭和五三年一月三一日、信越企業養豚組合との間で、債務者をタケクマとして、本件保管場所たる申川第一農場及び申川第二農場を含む信越企業養豚組合の一二農場(申川第一、申川第二、鶴岡、庄内、柿崎第一、柿崎第二、長峰、乙第一、乙第二、富来第一、富来第二、富来第三)に現に存在し及び将来存在する種豚について、集合物譲渡担保権設定契約を結んだ。(《証拠略》)

3  原告は、タケクマ設立以前から信越企業養豚組合等の農事組合法人に対し飼料を販売していたが、昭和五〇年三月にタケクマが設立された後はタケクマに飼料を販売するようになり(納入農場は、主として申川第一農場及び申川第二農場であつた。)、その後運転資金も貸与するようになつて、昭和五三年三月二三日、信越企業養豚組合との間で、タケクマが原告に対して現に負担し及び将来負担する商品代金、借受金等の債務を担保するため、信越企業養豚組合の本件保管場所たる申川第一農場及び申川第二農場に現に存在し及び将来存在する信越企業養豚組合所有の豚全部並びに機械器具、什器備品等豚飼育施設一切について、集合物譲渡担保権設定契約(本件集合物譲渡担保権設定契約)を結び、占有改定の方法によりこれらの引渡しを受けた。(《証拠略》)

4  日本ハム株式会社は、昭和五七年九月二八日、信越企業養豚組合との間で、債務者をタケクマとして、信越企業養豚組合の前記庄内農場に現に存在し及び将来存在する豚全部について集合物譲渡担保権設定契約を結んだ。(《証拠略》)

5  農産工は、昭和五八年七月二七日、信越企業養豚組合との間で、債務者をタケクマとして、信越企業養豚組合の四農場(鶴岡、長峰、乙第一、乙第二)に現に存在し及び将来存在する豚について集合物譲渡担保権設定契約を結んだ。(《証拠略》)

6  被告は、昭和五五年一〇月からタケクマに飼料を販売し始め、その後昭和五七年三月からは土地建物を担保として運転資金を貸し付けていたが、タケクマの経営が悪化し、昭和五八年三月末現在のタケクマに対する債権額が約二八億円に達したため、被告の株式の約八〇パーセントを保有する全国農業協同組合連合会(全農)は、同年七月、その職員の柏木年正をタケクマの常務取締役兼財政部長として派遣し、タケクマの経営の建直しと資金繰り、傘下の各農事組合法人の資金管理と財務諸表の作成、そして被告の債権保全等の業務にあたらせ、また、獣医師埜田博実を信越企業養豚組合に派遣した。(《証拠略》)

7(一)  被告は、その後更にタケクマに対する債権額が増加したため、追加担保を徴求することとし、

(1) 昭和五八年一〇月二〇日、タケクマを債務者として、前記下越養鶏組合、立野原養鶏組合及び筆甫養鶏組合との間で、その各農場に現に存在し及び将来存在する鶏について集合物譲渡担保権設定契約を結び、(《証拠略》)

(2) また、同日、信越企業養豚組合との間で、タケクマを債務者として、前記庄内農場を除いた残りの一七農場に現に存在し及び将来存在する信越企業養豚組合所有の豚全部並びに養豚施設について集合物譲渡担保権設定契約を結び、占有改定の方法によりこれらの引渡しを受けた。(《証拠略》)

(二)  タケクマ及び信越企業養豚組合並びに武隅保之は、右集合物譲渡担保権設定契約の際、全農及び被告に対し、右庄内農場の豚については前記日本ハム株式会社の集合物譲渡担保権が設定されている旨を告げたものの、それ以外の、前記丸紅飼料に対する集合物譲渡担保権設定の事実、前記農産工に対する集合物譲渡担保権設定の事実、そして、本件保管場所たる申川第一農場及び申川第二農場の豚についての原告に対する本件集合物譲渡担保権設定の事実は秘匿し、これを全農及び被告に告げなかつた。(《証拠略》)

8  日本ハム株式会社は、昭和五九年八月一一日、信越企業養豚組合との間で、債務者をタケクマとして、信越企業養豚組合の前記八竜農場に現に存在し及び将来存在する豚全部について集合物譲渡担保権設定契約を結んだ。(《証拠略》)

9(一)  タケクマは、卵価の低迷及び豚価の下落等により昭和五九年一一月ころから経営が急激に悪化するに至つた。

(二)  そこで、全農の飼料部長青木喜久弥、同飼料部次長志岐正晴、被告の穀物部畜産対策室長品川雅夫らは、昭和六〇年一月一六日からタケクマの代表者である武隅保之らとその再建策について協議し、同年一月二一日、タケクマ経営悪化の最大の原因である信越企業養豚組合の養豚事業を整理することに合意し、本件保管場所である申川第一農場及び申川第二農場を含む一一農場における養豚事業を信越企業養豚組合から切り離し、これを第三者に有償で売却して、信越企業養豚組合は残りの七農場で養豚事業を継続することとした(なお、タケクマグループで養豚事業を行つていたのは信越企業養豚組合だけである。)。(《証拠略》)

被告は、この合意の成立により、新たにタケクマに対し三億五〇〇〇万円を融資した。(《証拠略》)

このときの協議においても、タケクマ及び信越企業養豚組合並びに武隅保之は、前記丸紅飼料、農産工及び原告に対する各集合物譲渡担保権設定の事実を全農及び被告に告げなかつた。

なお、タケクマの右再建策については、商系飼料メーカーの理解と協力が不可欠であつたことから、全農は、商系飼料メーカーとの協議を予定した。

(三)  しかしながら、右養豚場を豚とともに買い受けてこれを経営することは、とりもなおさず当面多額の損失の発生を甘受しなければならないことを意味したため、右養豚場を買い受けて経営しようとする者は容易に現れなかつた。

そのため、全農は、やむなく、右一一農場の養豚施設(土地、建物、従業員等)のみをタケクマの養鶏業における競争相手であるイセ株式会社に売却し、飼育中の豚そのものは譲渡担保権者として被告において引き受け、その棚卸価格の八〇パーセントで買い取ることとした(被告は、買い取つた豚をイセ株式会社に飼育委託し、順次これを淘汰毀滅、売却出荷するなどして処分清算する予定であつた。)。

(四)  こうして、昭和六〇年二月二六日、全農、タケクマ及び信越企業養豚組合並びに武隅保之との間で、その旨の「確認書」(《証拠略》)が作成された。

全農は、タケクマグループの事業のうち養豚事業を被告に引き受けさせたので、残る養鶏事業についてはこれを商系飼料メーカーに担当して貰いたいと考えていた。

10  そこで、全農の前記志岐正晴は、昭和六〇年二月二八日、原告を訪ね、その飼料畜産部長補佐葉山貞夫に対し、また、同年三月五日には農産工を訪ね、その山本達彦取締役に対し、それぞれ、被告が右一一農場の豚を引き取ることになつた旨を告げるとともに、商系飼料メーカーにおいては鶏を担当してもらいたい旨を述べた。(《証拠略》)

11(一)  ところが、武隅保之が、昭和六〇年三月六日、イセ株式会社に対し前記一一農場の養豚施設を売却することを拒否し、前記確認書の履行を拒む態度に出たため、タケクマの前記再建策の実行は困難となつた。

(二)  そして、武隅保之は、タケクマ再建の実行を同社の取締役であり信越企業養豚組合の理事でもあつた本間春夫にゆだねることとし、以後の全農及び商系飼料メーカーとの協議、交渉を同人に依頼した。これにより、以後は、本間春夫が全農や原告等と協議、交渉をすることとなつた。(《証拠略》)

12(一)  全農の志岐正晴は、昭和六〇年三月一一日、原告を訪ねて、飼料畜産部長補佐兼審査管理室長小沢進に対し、タケクマへの資金融資を要請した。(《証拠略》)

更に、志岐正晴は、同年三月二七日、全農を訪れた前記葉山貞夫及び山本達彦に対し、重ねて月末におけるタケクマへの資金融資を要請した。(《証拠略》)

(二)  しかし、商系飼料メーカーはタケクマに対してその月末の資金援助をほとんど行なわず、そのため、全農においては、被告をしてやむなくタケクマに資金援助をさせたが、資金援助をほとんどしなかつた商系飼料メーカーに対して少なからず不満を抱くとともに、商系飼料メーカーにはもはやタケクマの再建に協力する意思はないものと判断するに至つた。(《証拠略》)

13  武隅保之からタケクマの再建を委ねられた本間春夫は、タケクマグループからその養豚部門すなわち信越企業養豚組合の養豚事業の全部を切り離すこととし、全農に対して、信越企業養豚組合の養豚事業の全部を一時(二ないし三年)買い取つて引き受けてくれるよう申し入れた。(《証拠略》)

当時、本間春夫もまた、前記丸紅飼料、農産工及び原告に対する各集合物譲渡担保権設定の事実をはつきりとは知らなかつた。(《証拠略》)

14  全農は、昭和六〇年四月二二日、本間春夫の右申入れを受け入れて、養豚部門をタケクマグループから切り離し、被告をして信越企業養豚組合の豚全部を買い取らせることとし、そして、買い取つた豚は、改めて、被告の費用と計算において信越企業養豚組合にその飼育管理を委託することとした。ただ、全農としても、被告をして右養豚事業を永く続けさせる意思はなく、数年を目途にこれを再びタケクマグループに買い戻させるつもりであつて、タケクマ及び信越企業養豚組合並びに本間春夫もこれを了承した。(《証拠略》)

15(一)  こうして、昭和六〇年四月二四日、被告と信越企業養豚組合(代表本間春夫)との間で、本件保管場所である申川第一農場及び申川第二農場を含む全一八農場の豚全部(合計約五万五〇〇〇頭)について、これを信越企業養豚組合が被告に売り渡す旨の売買契約が結ばれた(以下、これを「本件信越被告間売買契約」という。)。しかし、売買代金については、その際は特に決められず、後日協議して決定するものとされた。また、売買契約の対象となる豚のほとんどが前記7の集合物譲渡担保権の対象となつていたことから、売買代金は被告のタケクマに対する債権と相殺されることとなつていた。(《証拠略》)

本件信越被告間売買契約はタケクマも武隅保之もこれを了承していたが、事前に商系飼料メーカーには連絡、通知されていなかつた。

(二)  そして、本件信越被告間売買契約と同時に、信越企業養豚組合と被告との間で、信越企業養豚組合がその所有する養豚施設を被告に賃貸する旨の農場土地・建物賃貸借契約が結ばれた。(《証拠略》)

(三)  しかしながら、本件信越被告間売買契約の対象となつた豚のうち、少なくとも本件保管場所たる申川第一農場及び申川第二農場に存する豚については、その所有権が被告に移転するに故ないものであつた。けだし、右売買にかかる豚のうち、種豚については既に丸紅飼料に集合物譲渡担保権が設定されており(前記2)、また、種豚及び肉豚については原告に本件集合物譲渡担保権が設定されていて(前記3)、種豚及び肉豚のいずれについても信越企業養豚組合にもはや所有権はなく(種豚の所有権は丸紅飼料に、肉豚の所有権は原告に)、したがつて、本件信越被告間売買契約は法律的にこれをみれば他人物の売買にあたり、そして、かつ、被告は右の豚の引渡しを現実の引渡しを受ける方法によつて受けたわけではなくいわゆる占有改定の方法により受けたものであるから、被告に善意取得は成立しなかつたからである。

したがつて、本件保管場所たる申川第一農場及び申川第二農場に存する肉豚に対してはなお原告の本件集合物譲渡担保権が及んでおり、原告はいつでもこれに対して本件集合物譲渡担保権を実行することができたのであつた。

しかしながら、全農、被告、タケクマ、信越企業養豚組合は、いずれも、本件信越被告間売買契約によつて右の豚の所有権が被告に移転したものと誤信し、以後の行動もそれを前提として行われたものであつた。

16(一)  被告は、その後昭和六〇年五月一三日までに、信越企業養豚組合から本件信越被告間売買契約の対象となつた一八農場の豚全部の引渡しを占有改定の方法により受け、そして、同日、信越企業養豚組合との間で、同日現在の豚全部についてその飼育管理を昭和六一年四月三〇日まで信越企業養豚組合に委託する旨の肉用素豚・種豚預託契約を結んだ(以下、これを「本件被告信越間預託契約」という。)。(《証拠略》)

(二)  右昭和六〇年五月一三日現在の豚の頭数は、一八農場全部で五万三五五九頭(種豚五二八四頭、肉豚四万八二七五頭)であり、そのうち本件保管場所に存在したものは、六一八九頭(種豚七七五頭、肉豚五四一四頭)であつた(この昭和六〇年五月一三日現在の本件保管場所における豚が「本件豚」であり、そのうちの種豚が「本件種豚」、同肉豚が「本件肉豚」である。)。(《証拠略》)

(三)  しかし、本件被告信越間預託契約は、本件豚に関する限り、これを法律的にみれば、単に、被告と信越企業養豚組合との間で結ばれた他人物(丸紅飼料ないしは原告の所有する豚)についての飼育管理委託契約に過ぎなかつた。

17(一)  被告と信越企業養豚組合との間の本件信越被告間売買契約及び本件被告信越間預託契約は、その後原告や農産工等商系飼料メーカーの知るところとなり、昭和六〇年五月一六日に横浜で開かれたいわゆる第一回タケクマ経営検討会議においては、商系飼料メーカー各社から、被告だけが他社を出し抜いて債権の回収を図つているとして、批判、非難の発現が相次いだ。(《証拠略》)

(二)  全農、商系飼料メーカー、そして本間春夫は、この会議において、初めて、信越企業養豚組合による譲渡担保権重複設定の事実をはつきりと知り、被告もまた、右昭和六〇年五月一六日の第一回タケクマ経営検討会議において、初めて、本件保管場所たる申川第一農場及び申川第二農場の本件豚に対して原告の本件集合物譲渡担保権が設定されている事実を知るに至つた。

(三)  タケクマ経営検討会議は、飼料メーカーによつて同年五月二九日まで前後四回にわたつて開かれたが、結局、全農と商系飼料メーカーとが対立して合意ができず、タケクマ再建策はまとまらないままに終わつた。(《証拠略》)

(四)  タケクマは、同年六月一一日、富山地方裁判所に、会社更生手続開始の申立てをした。(《証拠略》)

18  この間の昭和六〇年五月二一日、非飼料メーカーである日本ハム株式会社は、その集合物譲渡担保権(前記8)に基づいて、信越企業養豚組合の前記八竜農場に存する豚全部について、執行官保管等の仮処分決定を得てその執行を受け、また、同日二四日、その集合物譲渡担保権(前記4)に基づいて、前記庄内農場に存する豚全部について、執行官保管等の仮処分決定を得てその執行を受けた。(《証拠略》)

19  また、原告も、昭和六〇年六月一日、本件集合物譲渡担保権を実行するとして、トラック八台を本件保管場所に差し向け、信越企業養豚組合に本件豚の引渡しを要求したが、信越企業養豚組合はこれを拒否した。(《証拠略》)

20  被告は、昭和六〇年六月初旬ころ、信越企業養豚組合との間で、本件信越被告間売買契約における売買代金額を一四億八三四八万八二五〇円と合意し、信越企業養豚組合をしてタケクマの被告に対する債務を重畳的に引き受けさせた上、これと右売買代金とを対当額で相殺した。(《証拠略》)

21(一)  信越企業養豚組合は、昭和六〇年五月一三日以降、本件被告信越間預託契約に基づくものとして、その受託者の立場で、昭和六一年四月三〇日までの間、本件保管場所を含む一八農場の豚全部について豚の飼育管理を行なつた。

その方法は、通常の養豚事業におけると異なるところはなく、出荷適令(生後約六か月)に至つた肉豚を順次食肉業者に売却出荷し、種豚に子豚を産ませ、この子豚を肉豚として飼育し(種豚としては飼育しない。)、出荷適令に至れば売却出荷し、一方、種豚については、廃用時期(生後約三年)に至つた種豚は順次淘汰毀滅していき、これに代わるものとして新しい種豚を搬入補充し、そして、これに子豚を産ませて肉豚とし、また出荷するというもので、この繰返しであつた。(《証拠略》)

本件保管場所たる申川第一農場及び申川第二農場における豚の飼育管理も基本的には右と異なるところはなかつたが、ただ、本件保管場所たる申川第一農場及び申川第二農場の肉豚の多くは売却出荷される前の三~四か月令の段階で信越企業養豚組合の別の農場である前記大口農場に移管移動されて同農場で出荷適令まで飼育されており、また、本件保管場所たる申川第一農場及び申川第二農場に新しく搬入補充される種豚は、全部、信越企業養豚組合の前記八竜農場(種豚養豚農場)で飼育された種豚であつて、同農場から搬入されたものであつた。(《証拠略》)

(二)  信越企業養豚組合は、昭和六〇年五月一四日、六か月令の肉豚の四〇頭を売却出荷した。(《証拠略》)

(三)  しかし、信越企業養豚組合が本件保管場所たる申川第一農場及び申川第二農場に搬入補充していつた種豚すなわち八竜農場から連れてこられた種豚は、これを法律的にみれば、原告の本件集合物譲渡担保権に服するものではなかつた。けだし、右種豚は八竜農場で飼育されていた種豚であるところ、八竜農場で飼育されていた種豚については被告の集合物譲渡担保権(前記7)に優先する集合物譲渡担保権は設定されておらず、したがつて、右八竜農場の種豚は、被告と信越企業養豚組合との右集合物譲渡担保権設定契約ないしは本件信越被告間売買契約によつてその所有権が被告に帰属していたものと認められるのであり、そうすると、右種豚は、本件集合物譲渡担保権設定者たる信越企業養豚組合の所有物ではなく、信越企業養豚組合がその所有権に基づいて本件保管場所たる申川第一農場及び申川第二農場に搬入補充したものとはいえないからである。ひつきよう、右の種豚は、原告に対する本件集合物譲渡担保権設定者ではない第三者たる被告が、その所有権に基づいて本件保管場所に搬入いていつたものというべきで、右種豚は原告の本件集合物譲渡担保権には服さず、依然として被告の所有するものであつたというべきである。

(四)  それ故、本件集合物譲渡担保権設定者たる信越企業養豚組合が本件豚及び本件出生肉豚に対してなした行為は、これを法律的にみれば、原告の本件集合物譲渡担保権に服すべき新たな種豚を補充しないで、原告の本件集合物譲渡担保権の対象物たる本件種豚を淘汰毀滅し、本件肉豚及び本件出生肉豚を順次売却出荷しあるいは他農場へ移管移動するという行為にほかならないものであつた(以下、昭和六〇年五月一三日から昭和六一年四月三〇日までの間の信越企業養豚組合のこの行為を「本件信越淘汰毀滅売却出荷行為等」という。)。

22(一)  タケクマは、前記のとおり、飼料メーカーによる再建策がまとまらなかつたことから、昭和六〇年六月一一日、富山地方裁判所に会社更生手続開始の申立てを行ない、同年一〇月八日、会社更生手続開始決定を受けた。(《証拠略》)

(二)  タケクマグループは、その後更生管財人島崎良夫弁護士らのもとで養鶏事業を続けていたが、更生管財人は、やがて被告に対し養豚事業の受戻しを拒否する旨を告げるに至つた。

(三)  そして、信越企業養豚組合は、昭和六一年四月三〇日、総会で解散決議をしてしまい、本間春夫が清算人となつた。(《証拠略》)

23(一)  そこで、全農は、信越企業養豚組合に行なわせていた豚の飼育管理を、本間春夫が代表取締役をつとめる株式会社ナカショク(ナカショク)に行なわせることとし、被告は、昭和六一年五月一日、ナカショクとの間で新たに全農場に存在する豚全部についてその飼育管理をナカショクに委託する旨の肉用素豚・種豚預託基本契約を結んだ(以下、これを「本件被告ナカショク間預託契約」という。)。(《証拠略》)

(二)  ナカショクは、同日、被告との右預託契約に基づくものとして、信越企業養豚組合からその飼育管理中の豚を全部引き継ぎ、また、養豚施設、従業員等の一切をそのまま信越企業養豚組合から引き継いだ。

ナカショクが引き継いだ右昭和六一年五月一日現在の豚の頭数は、全農場で四万六五九六頭(種豚四八〇七頭、肉豚四万一七八九頭)であり、そのうち本件保管場所におけるそれは、四八二九頭(種豚六九二頭、肉豚四一三七頭)であつた(以下、昭和六一年五月一日にナカショクが信越企業養豚組合から引き継いだ本件保管場所内の豚を「本件引継豚」という。)。(《証拠略》)

しかし、本件引継豚のうち何頭が本件豚であるか、何頭が本件種豚から生まれた肉豚(本件出生肉豚)であるか、何頭が被告ないしは信越企業養豚組合が新たに八竜農場から搬入補充した種豚及びそれから生まれた肉豚であるかは、証拠上判然としない。

(三)  なお、本件被告ナカショク間預託契約も、これを法律的にみれば、本件引継豚のうちの本件豚及び本件出生肉豚に関する限り、単に、被告とナカショクとの間で結ばれた他人物(丸紅飼料ないしは原告の所有する豚)についての飼育管理委託契約に過ぎなかつた。

24(一)  ナカショクは、被告との本件被告ナカショク間預託契約に基づくものとして、昭和六一年五月一日から翌昭和六二年三月二五日まで、本件保管場所を含む全農場の豚全部についての飼育管理を行なつた。

その方法は、信越企業養豚組合時代のそれと異なるところはなく、出荷適令に至つた肉豚を順次食肉業者に売却出荷し、種豚に子豚を産ませ、これを肉豚として飼育し、出荷適令に至れば売却出荷し、一方、種豚については、廃用時期に至つた種豚は順次淘汰毀滅し、これに代わるものとして新しい種豚を搬入補充し、そして、これに子豚を産ませて肉豚とし、出荷するというもので、この繰返しであつた。(《証拠略》)

本件保管場所たる申川第一農場及び申川第二農場における豚の飼育管理も基本的には右と異なるところはなく、ただ、前記のとおり、肉豚の多くは三~四か月令の段階で大口農場に移管移動されており、また、新しく搬入補充された種豚は八竜農場から搬入されたものであつた。(《証拠略》)

(二)  しかし、ナカショクが本件保管場所たる申川第一農場及び申川第二農場に八竜農場から順次搬入補充していつた種豚は、前示のとおり(21(三))、原告の本件集合物譲渡担保権に服するものではなく、したがつて、この種豚は、依然として被告の所有するものであつた。

(三)  それ故、ナカショクが本件豚及び本件出生肉豚に対してなした行為を法律的にみれば、それは、集合物譲渡担保権設定者でもない第三者が、原告の本件集合物譲渡担保権に服すべき新たな種豚を補充しないで、原告の本件集合物譲渡担保権の対象物たる本件種豚を淘汰毀滅し、本件肉豚及び本件出生肉豚を順次売却出荷しあるいは他農場へ移管移動するという行為にほかならないものであつた(以下、昭和六一年五月一日から昭和六二年三月二五日までの間のナカショクのこの行為を「本件ナカショク淘汰毀滅売却出荷行為等」という。)。

25(一)  信越企業養豚組合とナカショクが被告との本件各預託契約に基づくものとして前記昭和六〇年五月一三日から右昭和六二年三月二五日までの間に本件豚及び本件出生肉豚に対してなした淘汰毀滅売却出荷行為等は、これを合わせると、本件種豚のおよそ八割を淘汰毀滅し、本件肉豚の全てを売却出荷等し、本件出生肉豚の大部分を売却出荷等するというものであつた。(《証拠略》)

(二)  これによれば、本件保管場所に存在した右昭和六二年三月二五日現在の五二六一頭の豚(種豚六九六頭、肉豚四五六五頭)にうち、その種豚のおよそ八割が新たに搬入補充された被告所有の種豚であり、およそ二割が本件種豚のうちで未だ淘汰毀滅されないで残つていた種豚、また、肉豚については、その約八割が新たに搬入補充された被告所有の種豚から生まれた被告所有の肉豚であり、約二割が本件種豚から生まれた肉豚(本件出生肉豚)で原告の本件集合物譲渡担保権に服する肉豚であると認められる。(《証拠略》)

26(一)  全農は、やがて養豚事業から手を引くこととし、被告は、昭和六二年三月二五日、ナカショクとの間で、本件保管場所を含む全農場に存する豚全部(合計四万八五三一頭(種豚四六三三頭、肉豚四万三八九八頭))について、これを代金一一億一三七二万九〇〇〇円(延払い金利を含めて一一億九九五〇万円)でナカショクに売り渡す旨の契約を結び(以下、これを「本件被告ナカショク間売買契約」という。)、右の豚をそのまま所在農場でナカショクに現実に引き渡した。(《証拠略》)

本間春夫は、前記14の約束から、やむなくこれに応じたものであつた。(《証拠略》)

(二)  本件保管場所たる申川第一農場及び申川第二農場には、右昭和六二年三月二五日当時、前記のとおり五二六一頭の豚(種豚六九六頭、肉豚四五六五頭)がいた。(《証拠略》)

(三)  ナカショクは、その後信越企業養豚組合から養豚施設を買い受け、現在、養豚業を営んでいるが、その代表取締役である本間春夫は、その飼育している豚に対して譲渡担保権を有している者がいればその者にその豚を引き渡したい旨を述べている。(《証拠略》)

27  更生会社タケクマは、その後卵価の下落等により業績が悪化し、更生管財人の申出により、昭和六二年一一月一八日更生手続廃止決定を受け、同年一二月一〇日破産宣告を受けた。(《証拠略》)

28  被告は、右更生手続廃止決定の直前の昭和六二年一一月一五日をもつて下越養鶏組合等所有にかかる鶏に対する集合物譲渡担保権(前記7)を実行し、その所有権を確定的に取得した上、この鶏をナカショクに売却した。(《証拠略》)

29  丸紅飼料は、被告及び信越企業養豚組合がその淘汰毀滅売却出荷等の行為によつて自己の所有する集合物譲渡担保権(前記2)を侵害し合計三億五二〇〇万円の損害を与えたとして、昭和六三年九月、被告及び信越企業養豚組合に対し内一億円の損害賠償を請求したが、平成元年九月、訴訟上の和解をし、被告から一二〇〇万円の支払いを受けて右集合物譲渡担保権を被告に譲渡した。(《証拠略》)

30  また、農産工と被告との間でも平成二年一一月訴訟上の和解が成立し、農産工は、被告から七〇〇〇万円の支払いを受けてその集合物譲渡担保権(前記5)を被告に譲渡した。(《証拠略》)

以上の事実が認められる。

二  判断

1  原告主張1(被侵害利益)について

(一) 前記一3認定のとおり、原告は、昭和五三年三月二三日、信越企業養豚組合との間で、タケクマが原告に対して現に負担し及び将来負担する債務を担保するため、本件保管場所たる申川第一農場及び申川第二農場に現に存在し及び将来存在する豚について、本件集合物譲渡担保権設定契約を結び、占有改定の方法によりその引渡しを受けたものと認められる。

(二)(1) 被告は、「原告が信越企業養豚組合との間で結んだのは、債務者を信越企業養豚組合自身とする集合物譲渡担保権設定契約であつて、債務者をタケクマとする集合物譲渡担保権設定契約ではない。」旨主張する。

(2) たしかに、

<1>昭和五三年三月二三日付の「譲渡担保差入証書」(《証拠略》)には、その「担保提供者兼債務者」欄に「農事組合法人信越企業養豚組合」のゴム印が、「担保提供者兼連帯保証人」欄に「株式会社タケクマ」のゴム印が押捺されており、

<2>また、その内容は実現されなかつたとはいえ、昭和五二年三月四日付の「協定書」(《証拠略》)には、「申川地区において信越企業養豚組合とは別の法人を設立して養豚場を経営し、当該養豚場において使用する飼料は、新設法人が直接原告と取引きして納入を受ける。」旨の記載があり、

<3> 信越企業養豚組合所有の富来農場の豚舎に、信越企業養豚組合を債務者とした抵当権設定登記(債権者農産工)がなされている(《証拠略》)。

(3) しかしながら、以下の点の考慮すると、前記譲渡担保差入証の「担保提供者兼債務者」欄の「農事組合法人信越企業養豚組合」と「担保提供者兼連帯保証人」欄の「株式会社タケクマ」のゴム印は相互に押し間違いであり、原告と信越企業養豚組合との間に結ばれた本件集合物譲渡担保権設定契約の債務者はタケクマであつたと認めるのが相当である。

<1>前記一1認定のとおり、タケクマ傘下の各農事組合法人は、原則として、タケクマから飼料等を買い入れ、タケクマに対して畜産物を売り渡していたのであつて、各農事組合法人が飼料メーカーから直接飼料を買い入れることはほとんどなく、信越企業養豚組合においてもそれまでに飼料メーカーから直接飼料を買い入れたことはなく、また、その後もなかつたこと(《証拠略》)

<2>前記譲渡担保差入証書は、昭和五三年三月ころタケクマから原告に対して四〇〇〇万円の資金援助の要請があり、原告がこれに応じて四〇〇〇万円をタケクマに貸与する前提として、追加担保のために作成されたものであること(《証拠略》)、

<3>原告と信越企業養豚組合との間では、債務者とタケクマとして、本件保管場所である申川農場の建物(豚舎)について昭和五五年一二月一日設定を原因とする昭和五六年三月六日受付の極度額二億円の根抵当権設定契約がなされていること(《証拠略》)

<4>原告会社内においては、本件集合物譲渡担保権は、タケクマの債務を担保するものであると認識されていたこと(《証拠略》)。

(4) もつとも、<1>富山地方裁判所昭和六〇年(ミ)第一号会社更生手続申立事件における昭和六〇年六月二〇日の審尋調書(《証拠略》)には、被審人小沢進の陳述として「私の方は、信越企業養豚組合から、タケクマの保証のもとに同組合申川農場の豚約一万頭を譲渡担保にとつているんですが」との記載があり、また、<2>更生担保権届出書(《証拠略》)によると、八竜養鶏組合が原告からタケクマを通さないで直接飼料を購入していた事実も窺われるけれども、右<1>の審尋調書中の「タケクマ」は、タケクマの代表取締役であつた武隅保之の趣旨であると解する余地もあり、また、右<2>の飼料購入の時期は昭和六〇年当時であつて、本件譲渡担保権設定契約が結ばれた時期と大きく異なり、いずれも、未だ右認定を左右するには足りないものというべきである。

2  原告の主張2(被告の侵害行為)について

(一) 本件信越淘汰毀滅売却出荷行為等について

(1) 前記認定の事実によれば、昭和六〇年五月一三日から昭和六一年四月三〇日までの信越企業養豚組合の本件信越淘汰毀滅売却出荷行為等は原告に対する不法行為を構成するものと認められる。

けだし、右行為は、原告の本件集合物譲渡担保権の対象物たる本件種豚を淘汰毀滅して滅失させ、本件肉豚及び本件出生肉豚を売却出荷しあるいは移管移動して本件保管場所から離脱させ本件集合物譲渡担保権を及ばなくさせる行為であるところ、そもそも本件集合物譲渡担保権設定者たる信越企業養豚組合においてなし得る行為は、通常の養豚事業におけると同様に、原告の本件集合物譲渡担保権に服すべき新たな種豚を補充しつつ(したがつて、この種豚から生まれる肉豚を補充しつつ)廃用時期に至つた種豚を順次淘汰毀滅し、出荷適令に至つた肉豚を順次売却出荷するという行為に限られるのであつて、原告の本件集合物譲渡担保権に服すべき新たな種豚を補充しないままにこれらの行為を行なうことは、やがて原告の本件集合物譲渡担保権の対象物たる本件豚及び本件出生肉豚を全くなくするに至り、許されないと解すべきだからである。

もつとも、被告ないし信越企業養豚組合が八竜農場から新たに本件保管場所たる申川第一農場及び申川第二農場に搬入補充した種豚が右搬入と同時に被告の所有を離れて原告の本件集合物譲渡担保権に服するに至り、原告の所有に帰するのであれば、信越企業養豚組合のなした本件信越淘汰毀滅売却出荷行為等は不法行為を構成しないものとも考えられるのであるが、右搬入種豚が原告の本件集合物譲渡担保権に服しないものであることは、前記一21(三)で述べたとおりである。すなわち、これを再言すれば、右種豚は八竜農場で飼育されていた種豚であり、八竜農場で飼育されていた種豚については被告の集合物譲渡担保権に優先する集合物譲渡担保権はなかつたのであるから、右種豚の所有権は被告と信越企業養豚組合との右集合物譲渡担保権設定契約(前記一7)ないしは本件信越被告間売買契約によつて被告に帰属していたものであり、そうすると、右種豚は、本件集合物譲渡担保権設定者たる信越企業養豚組合がその所有権に基づいて本件保管場所たる申川第一農場及び申川第二農場に搬入したものとはいえず、むしろ本件集合物譲渡担保権設定者ではない第三者たる被告がその所有権に基づいて本件保管場所に搬入したものとはいえ、右種豚は依然として被告の所有するものであつたといえるからである(被告が右種豚を信越企業養豚組合に譲渡した事実も認められない。)。

(2) 被告は、前記のとおり、「本件信越淘汰毀滅売却出荷行為等に代わるものとして、新しい種豚が順次補充され、また、これから新しい肉豚が順次誕生していて、これらは原告の本件集合物譲渡担保権に服し、本件保管場所内の豚の頭数が大きく変動するということはなく、右のような淘汰毀滅売却出荷行為等は、有機的一体をなす養豚事業の豚の管理運営の方法として通常行われる適切なものであるから、なんら不法行為を構成しないものである。」旨主張するが、しかし、右に述べたとおり、新しく搬入補充された種豚は本件保管場所に搬入された後も依然として被告の所有に属し、原告の本件集合物譲渡担保権の対象とはならないものであるから、被告の右主張はその前提を欠き、採用することができない。

(3) そして、信越企業養豚組合の本件信越淘汰毀滅売却出荷行為等は、被告との間の本件被告信越間預託契約に基づいて行なわれたものであるから、そうとすれば、結局、被告が右預託契約に基づいて信越企業養豚組合に本件信越淘汰毀滅売却出荷行為等を行なわしめたものということができ、被告もまた、本件信越淘汰毀滅売却出荷行為等につき、後記故意過失の要件を充たす限り、共同して責任を負うべきものである。

この点につき、被告は、「本件信越淘汰毀滅売却出荷行為等を被告が信越企業養豚組合になさしめた事実はなく、右行為は本件集合物譲渡担保権設定者たる信越企業養豚組合がその自主的な判断に基づいて行なつたものである。」旨主張するが、前記認定のとおり、被告は、本件信越被告間売買契約によつて本件豚の所有権が被告に移転したものと誤信し、その所有権に基づいて本件豚の飼育管理を信越企業養豚組合に委託し、信越企業養豚組合もまた本件信越被告間売買契約によつて本件豚の所有権が被告に移転したものと誤信し、本件被告信越間預託契約に基づいて受託者の立場で本件信越淘汰毀滅売却出荷行為等をなしたものと認められるから、仮に個々の豚の淘汰毀滅売却出荷行為等について被告の指示命令がなかつたとしても、なお被告は本件信越淘汰毀滅売却出荷行為等を信越企業養豚組合になさしめたものということができ、被告はこれについて責任を負うものというべきである。被告の右主張は採用することができない。

(二) 本件ナカショク淘汰毀滅売却出荷行為等について

(1) 昭和六一年五月一日から昭和六二年三月二五日までの間にナカショクがなした本件ナカショク淘汰毀滅売却出荷行為等も、原告に対する不法行為を構成する。

けだし、右行為は、信越企業養豚組合のそれと同様に、原告の本件集合物譲渡担保権の対象物たる本件種豚を淘汰毀滅して滅失させ、本件肉豚及び本件出生肉豚を売却出荷しあるいは移管移動して本件保管場所から離脱させ本件集合物譲渡担保権を及ばなくさせる行為であるところ、そもそもナカショクは本件集合物譲渡担保権設定者でなければ設定者たる信越企業養豚組合から飼育管理の委託を受けた者でもなく、原告との関係では全くの第三者であり、結局、第三者が本件豚及び本件出生肉豚に対して淘汰毀滅売却出荷等の行為をなし、しかも、ナカショクは、原告の本件集合物譲渡担保権に服すべき新たな種豚を補充しないままに本件ナカショク淘汰毀滅売却出荷行為等を行ない、原告の本件集合物譲渡担保権に対象物たる本件肉豚、本件出生肉豚及び本件種豚を本件保管場所から離脱させあるいは滅失させていつたものだからである。

もつとも、被告ないしはナカショクが八竜農場から本件保管場所に搬入補充した種豚が右搬入と同時に被告の所有を離れて原告の本件集合物譲渡担保権に服し原告の所有に帰するのであれば、ナカショクのなした本件ナカショク淘汰毀滅売却出荷行為等は不法行為を構成しないものとも考えられるが、右の種豚が原告の本件集合物譲渡担保権に服しないものであることは、前示のとおりである。

(2) 被告は、前記のとおり、「本件ナカショク淘汰毀滅売却出荷行為等に代わるものとして、新しい肉豚が順次補充され、また、これから新しい肉豚が順次誕生していて、これらは原告の本件集合物譲渡担保権に服し、本件保管場所内の豚の頭数が大きく変動するということはなく、右のような淘汰毀滅売却出荷行為等は、有機的一体をなす養豚事業の豚の管理運営の方法として通常行なわれる適切なものであるから、なんら不法行為を構成しないものである。」旨主張するが、前示のとおり、新しい種豚は本件保管場所に搬入された後も依然として被告の所有に属し、原告の本件集合物譲渡担保権の対象とはならないものであるから、被告の右主張はその前提を欠き、採用することができない。

(3) そして、ナカショクの本件ナカショク淘汰毀滅売却出荷行為等は、被告との間の本件被告ナカショク間預託契約に基づいて行なわれたものであり、被告が右預託契約に基づいてナカショクをしてこれを行なわしめたということができるから、そうとすると、被告もまた、本件ナカショク淘汰毀滅売却出荷行為等につき、後記故意過失の要件を充たす限り、共同して責任を負うべきものである。

この点につき、被告は、「本件ナカショク淘汰毀滅売却出荷行為等を被告がナカショクになさしめた事実はなく、右行為は本件集合物譲渡担保権設定者である信越企業養豚組合がナカショクに委託して行なつたものであり、結局、信越企業養豚組合がその自主的な判断に基づいて行なつたものというべきである。」旨主張するが、信越企業養豚組合とナカショクとの間で豚の飼育管理に関する委託契約がなされたことを認めるに足る証拠はなく、むしろ、信越企業養豚組合は昭和六一年四月三〇日に解散決議をして解散したものであり、被告は、前記認定のとおり、ナカショクとの間の本件被告ナカショク間預託契約に基づき、自己の所有に帰したものと誤信していた本件引継豚についてもその飼育管理をナカショクに委託し、ナカショクはこれに基づいて受託者の立場で本件引継豚の飼育管理をし、本件ナカショク淘汰毀滅売却出荷行為等に及んだものと認められるから、そうとすると、仮に個々の豚の淘汰毀滅売却出荷行為等について被告の指示命令がなかつたとしても、なお被告はナカショクをして本件ナカショク淘汰毀滅売却出荷行為等をなさしめたものということができ、被告の右主張は採用することができない。

(三) ナカショクの善意取得について

(1) 原告は、「被告は、昭和六二年三月二五日、本件種豚のうちの淘汰毀滅されないで残つていた種豚と、本件出生肉豚のうちの売却出荷されないで残つていた肉豚を、その所有者として、ナカショクに包括的に売却してナカショクに善意取得させ、もつて、これらの豚に対する原告の本件集合物譲渡担保権を消滅させるに至らしめた。」旨主張する。

(2) たしかに、被告が昭和六二年三月二五日ナカショクとの間で本件保管場所を含む全農場に存する豚全部について本件被告ナカショク間売買契約を結び、その豚をそのままナカショクに現実に引き渡したこと、しかし、少なくとも本件種豚のうちの淘汰毀滅されないで残つていた種豚と本件出生肉豚のうち未だ売却出荷されないで残つていた肉豚(以下、これらの豚を「本件残りの豚」という。)については被告に所有権がなく、原告の本件集合物譲渡担保権の対象物であつたことは、前記認定のとおりである。

しかしながら、ナカショクの代表者である本間春夫は信越企業養豚組合の理事でもあつた者であり、前記一17認定のとおり、同人は、遅くとも昭和六〇年五月一六日には本件保管場所である申川第一農場及び申川第二農場に存する本件豚に対して原告の本件集合物譲渡担保権が設定されている事実を知るに至つたのであるから、そうとすると、ナカショクは、昭和六二年三月二五日当時、本件残りの豚について原告の本件集合物譲渡担保権が及んでおりこれが被告の所有でないことを知つていたものと認むべきであるから、したがつて、ナカショクは民法一九二条にいわゆる善意であつたということはできず、仮に善意であつたとしても過失があつたものと認められ、いずれにしても、ナカショクには本件残りの豚について善意取得は成立しないものというべきである。

(3) したがつて、ナカショクは、昭和六二年三月二五日の本件被告ナカショク間売買契約によつて本件残りの豚について所有権を取得することはなく、以後も依然として第三者の立場で原告の本件集合物譲渡担保権の対象物たる原告所有の本件残りの豚を飼育管理していたものである。

(4) そして、ナカショクは、本件残りの豚を、原告の本件集合物譲渡担保権に服すべき新しい種豚を補充することなく淘汰毀滅売却出荷等をしていつたものであるから、ナカショクのこの行為もまた不法行為を構成するものである。

(5) しかし、右行為は、昭和六二年三月二六日以降の行為であつて、それはもはや本件被告ナカショク間預託契約に基づく被告からの飼育管理の委託による行為ではないと認められ、ナカショク独自の判断と責任においてなされたものと認められるから、右淘汰毀滅売却出荷行為等について被告が責任を負うことはないというべきである。

3  原告の主張3(被告の故意・過失)について

(一) 前記一17に認定のとおり、被告は、昭和六〇年五月一六日に本件豚が原告の本件集合物譲渡担保権の対象となつていることを知るに至つたものと認められる。被告は、同年五月一三日当時、本件豚が原告の本件集合物譲渡担保権の対象となつていることを知つていなかつたものと認められ、また、それを知らなかつたことに過失があつたものとは認められない。

(二) 原告は、「被告は昭和六〇年五月一三日当時本件豚が原告の本件集合物譲渡担保権の対象となつていることを知つていた。もし知らなかつたとすれば知らなかつたことに過失があつた。」旨主張し、その理由として、前記「原告の主張3」記載の事情を述べるが、右主張に鑑み、証拠を十分検討しても、なお右の結論は変わらない。

4  原告の主張4(損害)について

(一) 以上によれば、結局、本件豚及び本件出生肉豚に対する被告の不法行為が成立するのは、昭和六〇年五月一七日から昭和六二年三月二五日までの間の信越企業養豚組合及びナカショクによる淘汰毀滅売却出荷行為等についてである。

(二) しかし、前記一2認定のとおり、本件豚のうち本件種豚に対しては、原告の本件集合物譲渡担保権に優先して丸紅飼料の集合物譲渡担保権が設定されているから、原告の損害額の算定にあたつてはまず本件種豚を除外すべきである。

この点につき、原告は、「被告は、丸紅飼料との訴訟において、同社の右集合物譲渡担保権は無効であると主張したのであるから、これを今更有効であると主張するのは禁反言の法理に照らして許されない。」旨主張するが、採用できない。

(三) そこで、本件保管場所における本件肉豚ないしは本件出生肉豚の頭数についてみるに(なお、本件種豚から生まれた肉豚(本件出生肉豚)は、丸紅飼料が集合物譲渡担保権を有していた本件種豚から生まれた肉豚ではあるが、この肉豚に対しては丸紅飼料の右集合物譲渡担保権は及ばないものと解する。けだし、丸紅飼料と信越企業養豚組合との間の集合物譲渡担保権設定契約は、「種豚」についての集合物譲渡担保権設定契約だからである。)、

(1) 昭和六〇年五月一七日現在のそれは、前記一16、21(二)から、五三七四頭(五四一四頭-四〇頭)と認められる。

(2) そして、昭和六二年三月二五日現在の本件出生肉豚は、九一三頭と推認される(なお、本件肉豚は、昭和六二年三月二五日までに全部売却出荷等されていたものと認められる。)。

なぜなら、昭和六二年三月二五日現在の本件出生肉豚の頭数は証拠上は判然としないものの、前記一25認定のとおり、同日現在の本件保管場所における種豚については、そのおよそ二割が本件種豚のうちの淘汰毀滅されないで残つていた種豚と認められるから、そうすると、その時点での肉豚についても、その二割が本件種豚から生まれた肉豚すなわち本件出生肉豚であると推認するのが相当であるからである。

しかるときは、昭和六二年三月二五日現在の本件保管場所における肉豚の頭数は四五六五頭であるから(前記一26)、そのうちの九一三頭(四五六五頭×〇・二)が本件種豚から生まれた肉豚と計算される。

(四) そうとすると、原告の損害額は、右昭和六〇年五月一七日現在の右肉豚五三七四頭の価格と、右昭和六二年三月二五日現在の右肉豚九一三頭の価格との差額となる。なんとなれば、昭和六〇年五月一七日には原告の本件集合物譲渡担保権に服する肉豚が五三七四頭いたのに、昭和六二年三月二五日にはこれが九一三頭に減少させられているからである。

(五) そこで、更に進んで、右肉豚の価格について検討する。

(1) まず、昭和六〇年五月一七日現在の肉豚五三七四頭の価格は、一億一一四六万五六〇〇円と算出される。

その理由は、<1>信越企業養豚組合から被告への昭和六〇年四月二四日の本件信越被告間売買契約における肉豚の単価を用いて同年五月一三日現在の肉豚の頭数五四一四頭の売却価格を計算すると、一億一三一六万五六〇〇円となり(《証拠略》)、<2>同年五月一三日から同月一六日までの間に六か月令の肉豚四〇頭が売却出荷されているから(前記一21)、この価格一七〇万円(四万二五〇〇円×四〇頭)(訴状)を<1>から控除すると、一億一一四六万五六〇〇円となる。

(2) 次に、昭和六二年三月二五日現在の肉豚九一三頭の価格は、一五七〇万六五〇〇円と算出される。

その理由は、被告からナカショクへの昭和六二年三月二五日の本件被告ナカショク間売買契約における本件保管場所の肉豚四五六五頭の売却価格は七八五三万二六一〇円と推認されるから{(一万〇七七〇円×八〇三頭+一万四五四〇円×一〇三八頭+一万八三〇九円×一〇四一頭+二万二〇七九円×九四五頭+二万五八四八円×三八九頭+二万九六一八円×二一〇頭+三万三三八七円×九四頭+三万三三八七円×四五頭)÷(一一億九九五〇万円÷一一億一三七二万九〇〇〇円)}(《証拠略》、前記一26)、右九一三頭の価格は、一五七〇万六五二二円と計算される。

(3) 結局、原告の損害額は、九五七五万九〇七八円となる(一億一一四六万五六〇〇円-一五七〇万六五二二円)。

(六)(1) しかし、右九五七五万九〇七八円をもつて原告が被告に請求し得る損害と認めることはできない。

なぜなら、<1>仮に原告が本件集合物譲渡担保権を昭和六〇年五月一七日当時実行したとしても、信越企業養豚組合はこれに応じる意思はなかつたのであり、そうとすると、原告は法的措置をとらざるをえず、その場合には、そのための費用等の出捐を余儀なくされたのであるから、これを損益相殺として損害額から控除すべきであり、<2>また、原告は、本件集合物譲渡担保権実行後本来であれば換価(屠場出荷)のための手続費用の出捐を余儀なくされたのに、この出捐を免れたのであるから、これを損益相殺として損害額から控除すべきであるからである。なお、仮に、これらの費用が信越企業養豚組合の負担になるとしても、信越企業養豚組合にはその支払能力はなつたのであり、その後解散をしてしまつたのであるから、結局は、原告の実際上の負担となるものである。

(2) そして、右<1><2>の費用は、これを合計して二〇〇〇万円と認めるのが相当である。(《証拠略》)

(3) そうとすると、原告が被告に請求し得る損害額は一応七五七五万九〇七八円となる。

(七)(1) しかし、本件においては、更に、右七五七五万九〇七八円からその二割を減じるべきである。

けだし、前記のとおり、被告と信越企業養豚組合との間の昭和六〇年四月二四日の本件信越被告間売買契約によつては本件豚の所有権は被告に移転していなかつたのであり、原告は依然として本件集合物譲渡担保権に基づいて本件肉豚及び本件出生肉豚に対して集合物譲渡担保権を実行することができたのであつて、もし原告がその集合物譲渡担保権を実行していれば、その後の信越企業養豚組合及びナカショクによる本件信越淘汰毀滅売却出荷行為等及び本件ナカショク淘汰毀滅売却出荷行為等は阻止し得たのであり、ひいて原告の損害の発生拡大を防止できたからである。

しかるに、原告は、なぜか昭和六〇年五月一七日以降信越企業養豚組合及びナカショクは本件豚及び本件出生肉豚を淘汰毀滅売却出荷行為等するにまかせ、少なくとも昭和六二年三月二五日までの約一年一〇か月間にわたり被告の不法行為を継続させるとともに日々自己の損害を発生拡大させ続けたのである。他方、信越企業養豚組合及びナカショクにおいても、原告が本件集合物譲渡担保権を実行しない以上、たとえ本件集合物譲渡担保権に服すべき新たな種豚を補充しないままに本件肉豚及び本件出生肉豚を淘汰毀滅売却出荷行為等することが原告に対する不法行為を構成することになるとしても、いわば事務管理的に、本件肉豚及び本件出生肉豚の淘汰毀滅売却出荷行為等の行為に及ばざるを得なかつた面があり、この事情も看過することができないところである。

そうとすれば、もとより原告に本件集合物譲渡担保権実行の法的義務があつたわけではないけれども、しかし、原告が本件集合物譲渡担保権の実行を法的に容易にできるのにしなかつたことは、なお、過失相殺とは別個独立の損害減額の事由になるというべきである。

もつとも、原告は、たしかに前記一19認定のとおり、昭和六〇年六月一日にトラック八台を本件保管場所に差し向けて本件豚の引渡しを信越企業養豚組合に求めてはいるが、しかしそれのみであつて、それをもつて、原告が被告の不法行為の継続の阻止及び自己の損害の発生拡大の防止に務めたということはできない。現に前記一18認定のとおり、日本ハム株式会社においては、その集合物譲渡担保権に基づき、八竜農場及び庄内農場に存する豚について執行官保管等の仮処分を得て、法律上の手段を講じているのである。

(2) そうとすると、結局、原告が本訴において被告に請求し得る損害額は、六〇六〇万七二六二円(七五七五万九〇七八円×〇・八)となる。

三  結論

以上のとおりで、原告の本訴請求は、六〇六〇万七二六二円とこれに対する被告の最後の不法行為の日である昭和六二年三月二五日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるから、これをその限度で認容し、その余の原告の請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原田敏章 裁判官 内田計一 裁判官 林 俊之)

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